昨日、京都・二条城のほど近くで、短大時代の友人たちとランチ会を開きました。
あの頃と同じ5人。卒業してからも、それぞれの人生を歩みながら、折に触れて集まってきた大切な仲間です。
社会に出たばかりの頃は、慣れない仕事に戸惑い、悩みを語り合いました。
やがて結婚、子育て、そしてそれぞれの事情による別れや再出発…
人生の節目ごとに、誰かが立ち止まると、自然と集まり、言葉を交わしながら乗り越えてきた時間でした。
そして、私ががんが見つかり療養していた時も、変わらず寄り添い、支えてくれたのがこの仲間です。
あの時のぬくもりは、還暦を越えた今も、静かに心を支えてくれています。
コロナ禍を経て…
ここ数年は、少し事情が変わってきました。
「もしかしたら今、同じように“自分の時間を後回しにしている方”もいらっしゃるかもしれません」
コロナ禍で距離ができたことに加え、私たちは皆、親を見送る、あるいは支える側の世代となりました。
通院の付き添い、日々の見守り、仕事との両立。
思うように自分の時間を持てない中で、「会いたい」という気持ちだけでは動けない現実もあります。
「会いたいのに会えない…」
そんなもどかしさを、感じている方も少なくないのではないでしょうか。
そのため、全員が顔を揃えたのは、実に10年以上ぶりのことでした。
「ようやく会えたね」
その一言には、それぞれが歩んできた年月がにじんでいました。

桜がほころび始めた京都の街。
かつて学んだ短大はすでに募集停止となり、あの場所はもう存在していません。
けれど、不思議なことに、この土地に立つと、あの頃の自分たちがふっと蘇るのです。
目に見えるものは失われても、心の中の風景は、静かに生き続けている。
それを確かめるような再会でした。
食事を囲みながら、近況を語り合い、時に介護の話に頷き合い、そして最後はやはり笑い合う。
若い頃のような勢いはなくても、言葉の奥にあるものを自然に受け取れる関係。
それは年月が育ててくれた、穏やかな信頼なのだと感じました。
気づけば夕方。
「また会いましょう」
その約束を交わし、それぞれの暮らしへと戻っていきました。
帰り道、近くにあった
御金神社に立ち寄り、皆で手を合わせました。
私が願ったのは、派手なことではありません。
「どうか皆が健やかで、またこうして笑い合えますように。
日々の役割を果たしながらも、心豊かに暮らしていけますように。」
自分のことは後回しになっているな”と感じる瞬間はありませんか。
還暦を越えると、人生は少しずつ「引き算」になっていくのかもしれません。
できること、持てる時間、自由の幅。
若い頃のようにはいかない現実も増えていきます。
けれど同時に、「何が本当に大切か」は、むしろはっきりと見えてきます。
長く会えなくても、こうして再び笑い合える人がいること。
多くを語らなくても、互いの状況を思いやれること。
そして、その時間を「ありがたい」と感じられる自分でいられること。
それこそが、これからの人生を支える豊かさなのだと思います。

誰かのために時間を使う日々の中で、ふと“自分のことは後回しになっているな”と感じる瞬間はありませんか。
忙しさの中でも、ほんのひととき、自分の心がゆるむ時間を持つこと。
それは、これからをしなやかに生きていくための、大切な余白です。
また次に会える日まで。
それぞれの場所で、それぞれの役割を大切にしながら。
そしてまた、同じように穏やかに笑い合える日を、静かに楽しみにしています。
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