心に入れる人は、自分で選んでいい
〜患者の集いで考えたレジリエンス〜
先日の患者の集いで、ある出来事がありました。
人と人が集まる場所では、楽しい出会いもあれば、思いがけず心がザワッとすることもあります。
特に、病気を経験した人が集まる場所では、それぞれに治療歴も、考え方も、体調も、置かれている環境も違います。
「同じ経験をした人だから、きっと分かり合える」
そう思っていても、必ずしもそうとは限らない。
そんなことを改めて感じた出来事でした。
その日のことを後から振り返っているうちに、ふと思い出したのが「レジリエンス」という言葉です。
レジリエンスとは、嫌なことやつらいことがあっても、そこから立ち直っていく力
「何を言われても平気な強い心」
ではありません。
傷ついたり、落ち込んだりすることはあっても、そこから自分で心を立て直していく力です。
私はもともと、そんなに強いタイプではありません。
嫌なことを言われると、後になって何度も思い出します。
「あの人は、どういうつもりだったんだろう」
「なぜ、あんな言い方をされたんだろう」
その場では笑っていても、家に帰ってからじわじわ効いてくることもあります。
そんな私がレジリエンスを学んだ中で、印象に残っている考え方があります。
それは、
日常的に関わる人たちから、私たちは感情の影響を受けているということ。
たとえば、職場にいつも高圧的な人がいたら、朝から「今日もあの人に会うのか……」と憂鬱になる。
家族の中に、何を言っても否定してくる人がいたら、家に帰っても気持ちが休まらない。
反対に、会うだけで元気になる人っていますよね。
話していると自然に笑顔になる。
「この人と会えてよかった」と思える。
あるいは、実際には会っていなくても、考えるだけで元気になれる人。
私の場合は……もちろん「推し」もその一人です(笑)。
こういう人たちを、自分の心の近くに置いておく。
反対に、
嫌な言葉ばかり投げてくる人を、心の中にまで入れない。
実際には目の前にいるとしても、心の中ではシャッターを下ろす。
- 必要なことだけ対応する
- ニッコリ笑って、その場をやり過ごす
- すべてを真正面から受け止めなくてもいい。
そんな「心の距離」を自分でつくることも、
レジリエンスの一つなのだと思います。
ただし、難しいのは「不意打ち」です。
突然投げつけられた言葉には、防御する時間がありません。
「えっ、今それ言う?」
そんな一言が、思いのほか心に残ってしまう。
そして気がつけば、その人が自分の心の中にドンッと入り込んでいる。
でも、そこから先まで、その人に自分の心を占領させなくてもいい。
「私は今、傷ついたんだな」
まずはそう認める。
そして、
「でも、この人の言葉で私の一日を決めなくていい」
「この人を、私の大切な心のメンバーにしなくていい」
そうやって、少しずつ外へ出していく。
ポイント
人間関係って、どうしても「嫌な人」に意識を持っていかれがちです。
でも、本当はもっと大切にしたい人がいる。
一緒にいると安心できる人
自分らしくいられる人
応援してくれる人
そして、自分自身
そういう存在に、心の席を譲ってあげたい。
病気を経験して、私は以前よりも「人生の時間」を意識するようになりました。
だからこそ、嫌な言葉に心の時間まで奪われたくない。
傷つくことがあってもいい。
落ち込む日があってもいい。
でも、そこからまた自分の好きなもの、大切な人、楽しみに目を向けていく。
それも、私にとってのレジリエンスなのだと思います。
心の中に誰を入れるのか。
誰の言葉を大切にするのか。
それは、少しずつ自分で選んでいい。
患者の集いで感じた小さな心の揺れが、そんなことを考えるきっかけになりました。
今日も、自分の心の席は、自分が心地よく過ごせる人たちで満たしておきたいと思います。
レジリエンスを深く学びたい方はコチラをご覧下さいね↓




